(1)関西国際空港コンセッションを巡る経緯

 1994年に開港した関西国際空港(以下「関空」と略)は、開港当初より航空業界の不振から経営に苦戦し、また当初予定されていなかった泉佐野沖の海上に建設されたという経緯から、莫大な建設費用と漁業権補償等による重い借入負担が、運営を圧迫していた。

 その重い借入負担を減らすべく、民主党政権時代、前原誠司・国土交通大臣により、関空の民営化が計画された。それに基づき2012年、関空の従来からの運営会社「関西国際空港株式会社」は、関空と、兵庫県伊丹市所在の「大阪国際空港」(以下「伊丹」といいます)の運営権売却を、日本初となるコンセッション方式(空港や上下水道などの料金徴収を伴う公共施設について、施設の所有権を発注者である公的機関に残したまま、運営権を民間事業者に売却すること)で目指すことなどを盛り込んだ中期経営計画を策定した。

 そして2014年、公募で選んだ民間事業者が関空と伊丹の運営を44年間一体的に行う事業の実施方針が発表されると、アジアの経済大国・日本での大型空港プロジェクトということもあり、世界各国のオペレーター(空港運営事業者)たちが、日本政府や(コンソーシアムを組む)国内の民間業者との接触を始めた。入札参加には〈日本企業と海外オペレーターとのジョイント〉との条件がつけられていたからである。

 当初は、アジアの成長を取り込むことができ、地理的にも太平洋路線と東南アジアを結ぶ位置にあり、かつ24時間空港という関空のコンセッションに、「ヒースロー空港(BAA)」や「パリ空港公団」、「アヴィアライアンス」や「マンチェスター空港」など、錚々たる海外オペレーターが入札に意欲を示していた。

一方、それら海外オペレーターとコンソーシアムを組む日本企業も「住友商事」を筆頭に、「三井不動産」や「住友不動産」、「丸紅」など複数の総合商社や大手不動産会社が、関空コンセッションの獲得を目指し、社内プロジェクトチームを立ち上げていた。

しかし「空港経営の経験も知見もない日本企業は、関空と伊丹の運営を44年間一体的に行う総額2兆円の巨大プロジェクトへの投資に難色を示し、社内で決済が下りず、次々と脱落していった。このため、これらの日本企業とコンソーシアムを組もうとしていた海外オペレーターたちも入札を諦めざるを得なかった」(前出・金融業界関係者)という。

そんななか「多少難しいスキームであっても、果敢にリスクをとって、関空コンセッションに手を上げ続けていたのがORIXだった」(同前)という。

しかし「海外オペレーターは皆揃って〝毛並みのいい〟旧財閥系の不動産会社や総合商社と組みたがった」(同前)ため、前述の通り、従来から財界保守層の間で「ノンバンクで毛並みが悪く、手法が荒っぽい上に強欲」と悪評紛々だったORIXと組みたがる海外オペレーターは皆無だったという。

ところが、そのORIXと組んだ海外オペレーターがいた。フランスの「ヴァンシィ」である。ヴァンシィは空港オペレーターでは後発組で、14年当時でフランスの「ナント空港」とカンボジアの空港しか運営しておらず、他の海外オペレーターからはもちろん、日本企業からも相手にされていなかった。いわば「二流どころ」同士の2社が手を組んだわけだ。

15年6月、応募のあった3者の中からORIXとヴァンシィのコンソーシアムのみが第一次審査を通過。両者は第二次審査も通過し、同年11月に基本協定書を締結。同12月にORIXとヴァンシィは折半で出資して、関空を運営する新会社「関西エアポート株式会社」を設立した。その後、第三者割当増資を行い、「阪急阪神ホールディングス」や「南海電気鉄道」、「パナソニック」など26社が出資した。前出の金融業界関係者はこう語る。

「(ORIXの)関空コンセッションへの参加はそもそも、宮内氏(前出)の鶴の一声で決まったものだった。よってORIXとしては、どんなことがあろうと『(入札から)降りる』という選択肢も発想も無かった。だから何があっても(関空コンセッションから)手を降ろさなかっただけで、その愚直な姿勢が同じ二流どころのヴァンシィを引き寄せ、結果的に(運営権を)獲得できたという話だ。

もっとも、宮内氏がなぜそこまで関空の経営にこだわったかについては諸説あるが、それを(ORIXの)複数の幹部に尋ねても、『宮内さんも年をとって、出身地の関西に何か貢献したかったという気持ちからではないか』、『純粋に出身地である関西経済に貢献したいとの思いからではないか』とのことで、別に他意はなさそうだ」

だが、急ごしらえで作られた、「二流どころ」同士のORIXとヴァンシィのコンソーシアムは、当然のことながら順風満帆といかず、両者の交渉は一時、暗礁に乗り上げたという。前出の関係者が続ける。

「そのガタガタになったコンソーシアムを立て直したのが当時、執行役員だった入江(修二・現CFO)だった。彼が介入してからというもの、両者の複雑な権利関係を半ば強引に取りまとめていき、お互いが提示する条件を整理して、プロジェクトを仕上げた」

(2)関空コンセッションとその後の空港運営で生じたORIXと関西財界との確執

 この関空コンセッションを巡る舞台裏について、メガバンク関係者はこう語る。

「関空(の空港運営権)売却を巡っては、当初の〝ド本命〟は『住友商事』だった。つまりはSMBC(三井住友銀行)が仕切りたかった。しかし、住友商事が降り、次の候補だった『三井不動産』が降り、最後の候補だった『住友不動産』が降りた。

いずれの社も現場はやりたがっていたが、トップが〝サラリーマン社長〟だったため、〈44年間、関空と伊丹の運営を一体的に行う総額2兆円のプロジェクト〉というリスクにビビッて、決済が下りなかった。

そこで『関西財界』の代表として、トップレフトを取りたかったSMBCの野望は潰えた。が、ORIXは44年も先のリスクなど気にしない会社だから、かっさらいに行った、それだけの話だ。

その後、関空の経営にイッチョ噛みしたがっていた、それでいてリスクをとる気概もなかった関西財界各社は『関西エアポート』に対し、同社への少額出資参加を求め、ORIXも地元の協力を取り付けようとこれを了承した」

その結果、関西エアポートの持株比率はORIXが40%、ヴァンシィが40%、在阪各社が20%となっているが、この持株比率については、ORIXが50%以上を保有、または1位株主となると、巨大な負債を有する『関西エアポート』が同社の連結対象となってしまい、本体の株価等への影響を懸念したという事情もある。

 そしてこのメガバンク関係者によると、もともと関西財界には、ORIXに対して「行儀が悪く、得体が知れず、かつ、これまで関西財界に何一つ協力してこなかった」という思いがあり、さらにこの関空コンセッションを機に「関西エアポートや今後の空港運営等についての情報をなかなか出さず、それでいて一方的に(各社に対し)出資割当額を通告してくるORIXに対し、関西財界の不満や不信感が募っていた」という。

だが、その一方で「当時のORIX側の内部事情を考慮すれば、そもそも彼らはヴァンシィとの調整でいっぱいいっぱいで、(在阪)各社と出資比率をネゴシエーションする時間も余裕も無かったのも事実」(同前)だという。

(3)2018年の台風21号による「関空機能不全」で再び噴き出したORIXへの不信感

 一方、関空コンセッションで勝ち抜いたORIXがヴァンシィとともに設立した「関西エアポート」による関空経営はLCCの成長、円安によるインバウンドの増加の影響を受け順調に推移。何の経営努力をせずとも業績は良くなる一方だった。

 しかし内部では、その運営にあたって大きな問題が生じていたという。航空業界誌の編集者が解説する。

「関西エアポートはORIXとヴァンシィがともに(持株比率)40%、40%の対等経営であるがゆえに、部門ごとの責任者もきれいに2社で分けた。その一方で、それぞれの部門トップの下にはクロスでバイス(副責任者)を置いた体制を作った。ゆえに、各部門の現場担当者が上に物事を図る際、ORIXあるいはヴァンシィ出身の部門バイスにお伺いを立てて了承をもらったにもかかわらず、その上のヴァンシィあるいはORIX出身の部門トップにひっくり返されるという事態が頻発した」

 その上、2社はフランス企業特有の、いわゆる「植民地経営」を採用したため、役員はすべて2社から出した。このため、もともと役員だった関空プロパー(関西国際空港株式会社出身者)は降格されたという。航空業界誌編集者が続ける。

「もともと関空プロパーには、京都大学、大阪大学卒で、空港運営に知見を持ち、英語も堪能な社員が多かった。ところが、関西エアポートでは『植民地経営』をとったがゆえに、それら優秀な社員の上に、空港経営には〝ズブの素人〟のORIX役員や、関空よりも後発のヴァンシィの役員が配置されるという構図になった。そんな素人役員連中から頭ごなしに命令されるものだから、関空プロパー社員の士気は瞬く間に低下。私が知っているだけでも、民営化後2年間(16、17年)で20人近くの優秀なプロパー社員が退職した」

 しかしながら、前述のLCCの成長、インバウンドの増加等の要因により、さしたる経営能力を持ち合わせず、努力をしなくても関空の業績は順調だったため、内部の不満など意に介さなかったORIX、ヴァンシィの両者だが、昨年(2018年)9月に関西を直撃した「台風21号」によって状況は一変する。

 台風によってタンカーが橋梁に衝突、関空が機能不全に陥り、閉鎖を余儀なくされたことから関西をはじめ日本経済全体に影響を及ぼしたのだ。

【参考記事:台風21号で閉鎖の関空、急ピッチの復旧も日本経済に影(20180916 産経新聞)https://www.sankeibiz.jp/business/news/180916/bsd1809162123002-n1.htm】

 前出の航空業界誌編集者が続ける。

「この時、関空エアポートの山谷(佳之・代表取締役社長CEO。元「オリックス不動産」社長、ORIX副社長)社長は海外出張中で、残った経営陣はパニックに陥った。幸い関空プロパー社員たちが懸命に働いたため、なんとか現場は回った。が、その裏では逐次、英語で状況を報告しないORIX側にヴァンシィサイドが文句をつけ、両者が抜き差しならない対立関係に陥った。(関空エアポート)内部の情報によると、一時は役員会の席上で、ORIXとヴァンシィの役員同士が、お互いの解任動議を出すぞというほどの口論になったそうだ」

【参考記事:関西空港の台風被害対応で“文書”流出 運営会社日仏幹部が口ゲンカし、機能不全 旅客が孤立(20190128 AERA dot. (アエラドット)

 https://dot.asahi.com/dot/2019012800036.html 】

 結局、空港運営には素人で、危機対応能力もなかったORIX・ヴァンシィでは復旧計画を描けず、業を煮やした国交省が職員を派遣し、復旧計画を一から指示し、策定したという。

 またORIX・ヴァンシィのコンソーシアムは、現在進められている千歳空港など道内7空港の一括民営化にも意欲を見せ、両社のプランはすでに入札の一次審査を通過しており、関空での実績もあったことから有力候補にあがっていた。ところが「この関空の機能不全で、ORIX・ヴァンシィの危機管理、災害対応のお粗末ぶりに激怒した国交省が、その手を降ろさせた」(国交省航空局関係者)といい、実際に18年12月、両者は北海道の空港民営化から撤退した。

この台風21号による「関空機能不全」で関西財界が被った経済的打撃は大きく、これまで述べてきた関西エアポートの「植民地経営」の内情や、災害対応のお粗末ぶりを知る関西財界の各企業の間からは、ORIXに対し「ヴァンシィと組んで運営権は手にしたまではいいものの、その後はさしたる経営努力もせず、『空港』という巨大な『公共施設』を運営しているにもかかわらず危機管理意識も災害対応能力もない――との批判の声が噴出した」(前出・メガバンク関係者)という。

 また、そもそも関西空港では、パナソニック(副社長)出身で、09年に「関西国際空港株式会社」の代表取締役社長に就き、12年から16年までは会長を務め、「関西財界の重鎮」といわれる福島伸一・現「大阪国際会議場」社長(71歳)の人望が厚く、「関西エアポート内にも未だに『福島派』の関空プロパーが残っている」(前出・航空業界誌編集者)といわれている。このため、18年の台風21号前からのORIX・ヴァンシィによる「植民地経営」の弊害や、前述の台風21号で明らかになった両者の危機管理意識の欠如、災害対応のお粗末ぶり等の情報はすべて、関空プロパーから福島氏の耳に入っているものと思料される。